臨床研究会

 12月13日、永い間温めて来た臨床研究会が福島の橋本さんのご尽力により容となって実現化した。快ネットとしては、橋本さんを中心とした有志による人たちとのやりとりは10年以前の頃に有ったが、その後絶ち消えとなったままになっていた。その間、橋本さんの思いは潜在的に続いていて、めでたく今回の会の運びに至った。

 当日の10時のスタートに合わせるべく、朝一の特急で会場の文京区シビックホールに駆け着いたのが9時半。あらかた会場の設定は出来ていてほっとする。、臨床検討会への関心の手ごたえはあったが、初めての試みでもあり参加者の出足が気になっていたが、スタート真近には程よく席が埋まり、結果、45名の方の参加を頂くことが出来た。

快医学シンポジウム~自分の身体は自分で治す~「現場の声を聞こう」と銘打って、予め依頼をしておいた会員の方たちの現場の体験を基とした発表が中心となっている。当日の急用で出席出来なかった二名の方(埼玉の野本さん・栃木の山川さん)を除いて、六名の方たちの発表があった。第一部。橋本俊彦(福島)「新・温熱の手当て。肝・腎・脾から経絡治療まで」。 瓜生良介(東京)「自分で見つける前ガン症状~その実習」。 菅谷尚和(千葉)「歯と歯茎に出る身体の異常と、その改善策」。 福田英人(群馬)「蜂針療法の体験実習」。 松本圭司(静岡)「80代、90代の高齢者向けの自力操体」。 秋野敬造(山梨)「現代を象徴する、精神疾患へのアプローチ」。これ等のタイトルを見ても快医学のフィールドの多様性が覗われる。各自、それぞれの個性を生かして活動を展開しておられる。おそらく、このような多様な可能性が寄せ集まったグループは他にはないだろう。第二部。「病気自慢大会」~病者の体験談~として、三名の方達による具体的な体験発表があり、質疑応答を挟みながら進み、第三部。「公開臨床講座」~病者の手当法を探る~では、瓜生先生がモデルとなり参加者の見守る中、二名の方がそれぞれ独自の進め方で手当法を公開された。初心者にとっては解り難い面もあったようだが、「こういうやり方もある」という点では参考になったと思う。この場での全ての詳細を述べるのはとても無理なので、DVDでの頒布も考慮しているところだ。

 午後5時過ぎから、席を移しての交流会となり33名の方々が集まった。簡単な自己紹介が進む中で、明るいオーラが部屋全体を包んでいる事に気がついた。殆どが初対面のご縁にも関わらず、永くからの知己のような和やかな空気が漂っている。若い人たちの参加も徐々に増えつつありこれからの展開へのエネルギーを頂く思いがした。

 

Add comment 2010/1/14 木曜日

対馬の風光

 十月中旬。迫り来る台風に向かって先制して予定より1日早く京都に出る。台風を夜半にやり過ごした翌日はお昼頃から好天になった。この日は下賀茂神社に参拝し、木々の間から覗く青い空を見上げつつ古代の祭祀場を訪れた後、大徳寺境内に進入。大燈国師、一休禅師の禅風を偲びつつしばし逍遥。

翌日、広島・西条市のMさんが設定してくれた講習会を行う。西条市は町ぐるみ酒造の町で、駅周辺に蔵元が犇いている。それぞれが個性的な酒を競っていて、日本酒ファンにはたまらない。この事だけで、来年の酒まつりに合わせての講習会を約束してしまった。参加者約20名。謙虚な人達の集いとの印象がある。この日はMさん宅泊。

翌日は、広島平和公園での「全国操体バランス研究会」にMさんと共に出掛ける。瓜生先生を始め、快ネットの懐かしい会員もちらほら。この会の凄いところは、毎年回り持ちで、手を上げた地域が自主的に運営しているところだ。全て橋本敬三師の遺徳に違いない。夜の交流会では、八岐大蛇神話の絢爛なショーもあり楽しい会になった。

翌早朝、日本列島の西端の島・対馬に向かう。福岡空港から海を一跨ぎ、あっという間にこの島に着いてしまう。古代から絶えず朝鮮・中国との関係に緊張せざるを得ない所に位置している関係で、半島・大陸との大和朝廷の出先機関として、頻繁に交易も行われる一方、しばし交戦状態にもおかれた中で、先端の文化の接点にもなっていた。つい今大戦の末期、対馬藩主の宗氏の末裔が李朝の皇女を娶った事実を見ても半島との関わり方が見えてくる。厳原市の宿に向かう車中での眺めは平野部が殆ど無く、山裾が直接海に落ち込んでいる感がある。夜、飲み屋街の中の料理屋のカウンターで亭主と話しながら、地酒で地魚をいただく。この島には韓国からの人たちも訪れる関係からか全体に島民の気持ちが広い様に思える。店を辞してから夜風に誘われるままに港に向かう。小さな港町にしてはバーやクラブがやたら多いとの印象を受けた。

翌日、レンタカーを駆って島の西端の阿連(あれ)に鎮座する雷命神社に向かう。この社の祭神は神功皇后の新羅侵攻に将軍として仕え卜占をも司って功のあった雷命(いかづちのみこと)である。車で約40分位だろうか。島の殆どが山地と言ってもいいほどに山を縫っていく道が続き、偶に視界が開けると海だったりする。集落は小さな港に固まっていて、山地には殆ど無い。時々、ツシマヤマネコが飛び出してくる。韓国の片田舎の中に居る気分に近い。途次、加志の太祝詞神社に立ち寄る。ここは、゛ いかずちのみこと ゛の館跡と言われている。対馬は古神道の島と言われる程、始原の面影に触れる事が出来る。古代、重大な政(まつりごと)の全てが卜占によって決められていた。卜占は当時の先端科学と言っていい。当然、占い者は天皇に続く身分に置かれ、この身分が世襲されて後々、卜部家の家系に繋がって行く。しばし、山の中に向かうもその気配が無く、尋ねようにも人家が無い。引き返そうと横を見ると小さな鳥居が立っている。もしやと思った所が目的の社だった。人の気配が無く、神さびた風が流れている。しばし境内に留まり、祭祀場の跡に歩を進める。

元の道に戻り約10分、阿連川の河口沿いの、こんもりとした森に抱かれて佇む雷命神社に着く。参道の入り口近くに一つの記念碑がある。「伝教大師入唐帰国着船之地」とある。とすると、当時はこの地が半島・大陸への基地だったのかも知れない。当時の人たちの気分に触れる思いだ。鳥居の前の狛犬の懸命な姿が微笑ましい。内地に居れば、道端の小社と思われ勝ちだろうが、参道の隅に古代の祭祀場跡があったりして、対馬の地に立っている事を思い起こす。ああ、これこそ対馬の風光なんだ。

この後、元寇との古戦場跡の海岸に立ち寄る。当時、海上に浮かぶ200艘を越える元と高麗軍の大船を前に、僅かな対馬藩の武士や住民の思いはどんなものだったろうと、朝鮮海峡から間断なく寄せる浪を眺めながら感慨にふける。西岸から山中を横断するように東岸の鶏知(けち)に出る。首の皮一枚で繋がっている隘路のような道を辿る形をとりながら、最後の目的地、仁位浅茅湾に面する和多都美神社に向かう。ここは、澄み切った気が静かに流れていて誠に美しい。浦島が竜宮に向けて旅立った地もかくやと思えるように、海中に二柱の苔むした石の鳥居が立っている。身の丈にも及ばない3本柱の素朴な木の鳥居がさりげなく立ち、原初の、夢幻の世界の中を漂うように立ち尽す。

 

 

 

 

 

 

 

 

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横浜・夜の埠頭

 未だ梅雨が明けやらぬ、霧に霞む石畳が続く夜の歩道を、埠頭に近い山下町のホテルを探して心地良い酔いに身と心を任せ、前方に、目印の氷川丸のイルミネーションが灯っているのを確かめつつ、もう、人影も途絶えたビル街を右に揺れ、左に揺れしながら辿っていると、いつの間にか、映画「波止場」のシーンの一こまがダブって来た。映画と違うのは、どうしようもなく暗い人間臭さヽが漂う雰囲気は一かけらも無く、どこまでもがからっとしている。どの位の時空を浮遊していたのだろうか。私の歩調を伺うように一台のタクシーがゆっくりと過ぎ去るのを認めたところで我に返ると、角地の古いビルの前に佇んでいる。そこだけが仄かに灯が点る地下に誘われるように階段を下りて行くと、人のざわめきと共に跳ね返るような音の洪水が襲ってきた。ロックのライブのバー。若者のたまり場のような店のカウンターでバーボンを注文し、素人のバンドとしてはまあまあ垢抜けたロックに乗ってみよう。

横浜・元町の住まいを開放してくれている方の好意で「快療法」の集いが始まった。もともと東京・本郷の講習に見えていた横浜近辺の人達が独立した形でスタートして今日で三回目。こういう家庭的な雰囲気の中での集いは理想かもしれない。将に「手当ての茶の間」に相応しい。今日は「ふたり操体」にしよう。

たまたま、Uさんが持ってきていた浅野和三郎(心霊研究家)の「小桜姫物語」を話題として、ヒトと霊的世界、特に、精神的疾患と霊的世界との切っても切れない関係について、実例を挙げながら解消法も絡めて話す。ここに見えている方たちは理解が深く、あちらこちらへと奥深い話が膨らんで行く。終わってから、一同元町の中華街に繰り出す。この楽しみも定着して来た。この後が冒頭の文章につながって行くことになる。

 

 

Add comment 2009/7/28 火曜日

禅寺の講習会

2月28日(土)。曇りながらも風も無くおだやかな一日。甲府市内の曹洞宗のR院で快医学の講座を開いた。ここは、実は私にとって、東京から移住してきて初めて講習会のスタートを切ったゆかりの深い寺である。広大な前庭と豪快に斜面に配された石組みのしつらえは余り他所に観られないものだ。折から、前庭の中央の池泉のほとりには手の入った紅梅と白梅が見頃で、馥郁とした香りが訪れる人達の心を癒してくれている。甲州・武田家滅亡のあと徳川家康に安堵され、元は周囲一帯は寺領であったが、農地解放でほんの一部が残されたとは言え、盆地の南の高台からの眺めはなかなかのものである。まず、茶席に誘われて一服。春の気配の着物を召されたご婦人たちの接待を受ける。ここの大黒さんは表千家の師匠でもある。しばし、お弟子さんたちの所作に見とれる。

今回は、快医学に理解のあるNさんの紹介で、大地の会の地域役員の交流会の後のアトラクションとして招待していただいた。集まった方々は会を構成している、農業、製造業、職員、そして会員の消費者達約35名。自然医療にも関心のある方達だと思ったが、快医学を知っていたのは2、3名でちよっと意外であった。いずれにしても、初心者向けの話として進めて行く。前置きの総論の後、操体体操や身体ほぐしで一汗かいてから、手当て法のデモストレーションをして終わったところが丁度持ち時間いっぱい。

 終了後、茶席に戻り、大地の会・快医学のスタッフ達とお抹茶を頂きながら住職も交えしばし談笑。住職の即妙なユーモアのやりとりに会話も弾み、気持ちもほぐれる。春釜の姿も凛として良く、ここで使用されているお茶碗はどれも逸品で、鬼萩・赤志野・鼠志野・織部・薩摩・伊羅保・京焼等々見飽きない。これも、ここに立ち寄る楽しみの一つになっている。

Add comment 2009/3/2 月曜日

冬の合宿講座

 2月7日(土)~8日(日)にかけて、明野村のTさん宅で、一泊での【快医学トータル講座】を行った。どちらかと言うと農閑期にあわせてこの時期になった。これまでは、その日その日で内容がまちまちであったので一度トータルで学びたいとの要望が予てからあり、それに答える意味での講座である。10人も集まればと思っていたのが、県外の人2名も含めて、結果、17人が集まることになり気合が入ってくる。地元での開催と言う事もあり、宿泊者の6名以外は通いである。 快医学としての考え方にブレがないように成るべく「快医学講座テキスト」に忠実に進めていく事にする。

 この時期にしては穏やかな日和の中、午前10時にスタート。午前中は快医学の総論と手当てについて話す。自分でもおかしなぐらい熱が入っているのを自覚しながら、なんとか居眠りする人が出ないのを確認して、少し気分が乗って来た。午後は操体法、LETと順調に進み、全員での調理参加での夕食後、就寝時間まで、お互いの全身マッサージ・快健術でゆったりと過ごす。無限の冬の星空に吸い込まれて行くのを覚えながら自前の露天風呂に浸かり、夢の中へ・・・・・。

 朝食はソフト断食(リンゴと人参のすりおろしに山芋の刻んだもの)。通いの人達が集まったところで10時にスタート。午前中は、免疫についての話を絡めての内臓調整法の実技。部屋の中に一体感が流れ始めて来たようでほっとする。昼食もソフト断食。擦りおろしを手伝いながら、こんなのもなかなか楽しいものだと思へて来る。午後は、頭蓋仙骨手当てとLETのおさらい。参加者の熱意に曳かれながら終了したのは、予定の5時をオーバーして6時半近く、いやはや疲れました。濃密な時間の後の満足感に浸かりながら車を走らせ帰途に着く。この地域には快医学が着実に根付き始めている。それにしても、このテキストの内容は盛り沢山で、細部に亘り配慮がなされていて、当時の編集委員会の意気込みが伝わってくるようだ。

Add comment 2009/2/17 火曜日

納めの集い

12月21日(日)。茅ケ岳の麓に広がる、ここ明野町にも首都圏からの移住者が増えていると言う。風光明眉の上に、東京から2時間近くで来れ、日照時間が日本中で一番長いと言われているイメージもあるのだろう。茅 ケ岳は「日本百名山」の著者・深田久弥が登山中に斃れ亡くなった所で、登山口に記念公園があり、その尾根には慰霊碑が立っている。

今日は、いつものTさん宅での納めの会の日で、陽気にも恵まれた中で、午前中の健康チェックの後、午後からは忘年会が持たれた。もう3年近くになるのか、Tさんご夫婦が積極的に自宅を開放してくれているお陰で、快療法の強力な拠点になっている。料理は相変わらず盛り沢山で、毎回がパーティーのよう。 今日の余興のメインは「歌声喫茶のDVD」をプロジェクターでスクリーンに映し、パーカッションも加え、分け隔てなく皆で声を出し合って、今年一年のわだかまりを吹き飛ばそうというもの。心が一つになれる瞬間だったが、年代によっては、不得意な歌もあったりで、次回は、全員が歌える「唱歌DVD」にしようと思っている。一段落して、ひと時団欒に過ぎ、お互いの来年の幸せを祈念しながら散会となる。

料理も食材から全て「自給自足」であり、場所も宴会趣向も「自給自足」で、この延長上に健康の「自給自足」が見えてきたような気がして来た。来年のキャッチフレーズは「健康も自給自足の助け合い」ではどうだろうか。

Add comment 2008/12/30 火曜日

ある追悼会

 12月6日午前中、渋谷・Bunkamuraザ・ミュージアムでの、アンドリュー・ワイエス展に立ち寄る。地方都市ではなかなか機会がないので、東京に出向く折にはこうした催しに足を運ぶ。この前の「ハンマースホイ展」といい、忍び寄る大自然の存在感や、その中での虚飾を削いだ人の営みの一こまを澄明な世界に描きあげていて、人への哀歌がこみ上げてくるようだ。この時期、このような催しはなにかを暗示しているのだろうか。

 午後1時半、文京区駒込・光源寺にてある追悼会が持たれた。三々五々集まったのは約20名位だろうか。「東北タイ伝統医療復興の会」のリーダーとして永年活動し、10月に肝癌で亡くなったヨンギュツトさんを偲んでの集まりである。享年50歳。あまりにも早い死だ。彼の活動によって、快医学を取り入れた伝統自然医療の思想がタイ国内に広がりを見せつつあったこの折、誠に惜しまれる。もう6~7年前なるだろうか、東北タイでの快医学のセミナーで瓜生先生と同行した折に会っている。一目見て、巨漢から受ける風貌は、水滸伝に出てくるような一方の頭目を思わせ、現在の日本には無い、風雲を巻き起こすような可能性を秘めた印象を受けていただけに、あまりにも惜しく、又はかない。

 僧侶の読経、焼香がたんたんと進み、参会者ひとりひとりのヨンギュツトとの関わりや思い出話、スライドによる過去の一こま一こまのシーンが走馬灯のように流れていく。800名近くにのぼる葬儀のシーンは生前の彼の幅広い人との交流を思わせ、特に、会場に集まった多くの若い人達の姿には、ヨンギュツトの遺志が確実に受け継がれていく事を実感させてくれる。暮れなずむ頃に散会となり、それぞれ、又一歩踏み出す。

Add comment 2008/12/17 水曜日

世界快ネット・理事会

 11月30日(日)、東京本郷の事務所で今年前期の理事会を開く。出席者は5名。路地の奥まった所にあるが、今時、貴重なスペースである。役員は奈良・長野・山梨・福島・群馬・埼玉に分散していて、それなりに大変なところがあリ、東京を中心とした首都圏の会員にも加わって頂ければ有難いのだが・・・・・。

 波乱続きのここ数年間とは違って、大きな整理の後の、比較的静かな日々に過ぎた前半で、そのような中で、これからの方向性を模索する大事な時期に差し掛かっているという一同の認識で話し合いがスタート。関さん(福島)の進行で 、ポストイット方式で現状の問題点を炙り出して行き、それを踏まえて、将来への展望に繋げて行く作業を始める。

 ここ数年を振り返ると、会員数の激減に伴う事務局の整理、それらに対応する会員数の維持・獲得に汲々として来たが、やや一段落したと思える今、少し視点を変えて、会員数の維持は常に付きまとう命題だが、その事のみに振り回されるのでは無く、過去20数年に亘っての活動によって各方面に植えられてきた快医学の考え方の芽は、形は変わっても確実に根付きつつあるのではないかとの認識の下に、 又、それは、快ネットにとって目には見えない大きな財産になっているのではないか、それを確信にして揺るぎの無い不動の土台にし、着実に、歩を進めていく事を確かめ合う。実際、行動し続けて行けば、新入会者も徐々に増えつつある事も事実で、「快医学」にはそれだけの、真理に近いものがある。これからは、各地域の芽生えを掘り起こしながら、如何にして繋げて行くのかが問われている。それと同時に、時代に即した絶えざる情報の発信。

 「快ネット」にとって一時の賑わいもバブルであったのかも知れない。バブルが弾けた後の小休止も束の間、世界を根底から揺るがす大変革が動き出している今、価値観の見直しを伴う変化は、「快医学」にとっては又とないチャンスとも受け取れる。

 上野西洋美術館に歩を運び、デンマークの画家「ヴィルヘルム・ハンマースホイ」展に立ち寄る。虚飾を削ぎ取った、灰色の光にに彩られた澄み切った室内の空間に、背を向けた女性の姿が主題となって多く描かれている。家具の他に何も無い、日常の居住空間での人の存在の本質を、観る人に問い掛けているように思える。晩秋と初冬の気が混ざり合ったような時の流れの中に、ひと時、さすらってみる。

 

Add comment 2008/12/14 日曜日

秋の日めくり・2

 今日も暖かな晩秋の例会の一日。遅くまで紅葉が残る山間の道を、ゆっくり速度で車を運ばせる。今日も約20人の人達が、思い思いに集まってくる。気がつかない内に見慣れない顔も加わったりしている。スケジュール通り、午前中は勉強会。

午後からの健康相談に、久しぶりのGさん(若い女性)がやってくる。なんとなく体の感じが優れないとの事。チェックを進めている中に、IPA(イソプロぴルアルコール)に反応が出た。確か前回にもIPAの反応が出ていて、それは、すでに消えている筈だと思うのだが何故だろう。あれ以来、シャンプー・洗剤・はみがき・化粧品類は市販のものは使っていないと言う。会話の中で、アシスト役のTさんが「ビールの中にもIPAが入っていることもある」との一言にGさんが反応した。「私、今、アルバイトで地ビールの販売促進員としてさる施設で働いていて、結構、飲む機会があるんです」。集まっている面々も興味津々。「それかも!」ということでチェックしてみると正に反応する。かって、快療法の里からの情報で耳にはしていたが、まさか、ここで反応が出るとは・・・・・。早速、有機ゲルマニウムを摂ってもらう事に。次の機会が楽しみになる。

Add comment 2008/12/4 木曜日

秋の日めくり

明野での十一月の定例会でのひと日。夜来の冷雨が上がり、朝から暖かい陽気になった。、まさに小春日和と言うにぴったりの一日になりそうだ。。そよ吹く風に揺れる木々の黄葉も心なしか微笑んでいるように思える。遥かな天空には富士山が朧に浮かんで見えている。集まった面々の表情にも和んだ空気が漂っている。このところ忙しない日々が続いていた私にとっては、まさに天からいただいた贈り物のようだ。

今日の話題は、ますます増えつつある精神的な疾患について語り合う。脳内の各機能や異変に関わる原因やチェックポイント等の基礎的な知識についてお話しする。どなたも、身近に思い当たる人がおられるようで、いろんな意見が飛び交う。この後は、操体体操やスワイショーを組み合わせた身体ほぐしを充分にしてから、お互いにアイロン温熱手当てで楽園天国という段取りだ。

ここでの昼食はいつもながら、季節感に溢れた惣菜がテーブル一杯に並べられていて、これも楽しみの一つになっている。雑談の中にも笑顔が絶えない。そんな中、久しぶりにOさんがやって来た。Oさんは2年前、腎臓ガンを患い腎臓が片方しか無い。その後、ガンウイルスが骨髄にも転移した時点で、病院での手当を拒否し、定期的な検診だけは受ける事にする。自分なりの療養を選択中、参加者のひとり、Kさんの紹介でご縁が出来た。

つい先日の検査ではガンの兆候は一切無く、担当医も「奇跡としか言いようが無い。何かやったんですか」と言われたとの報告に期せずして拍手が起こった。今日の小春日和に相応しく、心のやわらぐ喜びの波が部屋中に広がって、このひと時をみんなで共有出来たことに感謝するしかない。

 

Add comment 2008/11/25 火曜日


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